そこに、カロリーを消費して議論する価値を見いだせるか?

違和感のルーツを探って

理 想

やはり医師を名乗る以上は何らかの責任がともないます。

例え、ツイッターやその他のSNSであれ、医師という肩書きで発言する以上、何らかの責任がともなうということですね。仰るとおりだと思います。

今Twitterで議論はしません、というやり方自体にかなり問題がある。他の媒体に書くから、ここでの発言が免責されるということはない。

また、MizuhoH 氏も自身のツイッターでの発言が免責されることはないと宣言なさっていらっしゃいます。立派な態度であると尊敬いたします。

現 実

 
 
「お疲れ様でした。」以外に掛ける言葉が見つかりません。また、これ以上、私ごときから補足することもありません。
 
これは先に上げた2つの Togetter まとめと同様に、MizuhoH 氏が御自身のツイート部分を全て削除されてしまわれた為に、江口某先生がまとめを非公開にしたものと、私は認識しています。
 
 

MizuhoH 氏の言い分

蒲田典弘氏や precca04 氏のまとめでは都合の良い部分だけを切り取られた為、削除したと主張しておられますが、江口某先生のまとめではどうなのでしょうか?
少なくとも、御自身の発言をこれだけ安易に削除するということは、自らが都合の悪い発言を削除し、前後の文脈を破壊したと受け止めることも可能であり、今後、都合の良いところだけ切り取っている云々の言い分には耳を貸す必要はないのかなと思います。
蒲田典弘氏がツイートでぼやいておられますが、論点ずらしや藁人形にレッテル貼り等々、ありとあらゆる手を使って、その場限りでのご自身の、或いはギャラリーに対してのメンツを保とうとなさっているように、私には思えました。左記はあくまでも私の主観にしか過ぎませんが、そうまでしてメンツを保とうとするのは何故なのか?ということに、私は興味を持ちました。
ひょっとしてひょっとすると、実は自己評価が極端に低い為に批判や反論に対して過敏であり、極端な反応をなさるのかも知れません。
例を挙げますと(あくまでも例えばの話です)、批判や反論を受けた自己の精神的な危機に際して、自身の心理状態を守るために無意識のうちに「否認」や「逃避」(指摘された問題を認めなかったり、論点ずらしを行う)、「合理化」(問題は認めるものの、原因については別に理由をつけて正当化する)等の防衛機制が働いているのかも知れません。防衛機制自体は正常な心の働きであると私は認識しています。勿論、これは仮説に過ぎませんし、ご本人は下記のように仰っています。
感想を言わせていただくとすると、これまでのやり取りを見ただけでも、 MizuhoH 氏のおっしゃることは真に受けない方が良いのかな?という感想を持ちました。
MizuhoH 氏はご自身の言行不一致にお気づきではないのであろうという気がします。仮に、薄々気が付いていたとしても、「合理化」して、つまりなんらかの理由付けをして正当化しているので、ご自身に矛盾を感じることはないのではないか、というのが現時点での私の推測です。
カロリーを消費して議論する価値はなさそうですし、やはり、私は徒然に、ネットウォッチングをしながら、意見や論評を記していくにとどめたいと思います。